翔べよ麗春(リーチュン)

「ボゥノ!ボゥノボゥノボゥノ!」

 

美味しいという意味の外国語を連呼しながら、男はすくと立ち上がった。

両手を胸の前に持ってき、ぐるぐると回していた。汽車の真似にしては、左右の動きがバラバラ過ぎる気がした。男が座っていた椅子は真っ二つに割れていた。

 

「お粗末さまです」

 

ボゥノへの回答のあと、私はお辞儀をした。念のためもう一度お辞儀をした。私は慎重な女だ。

顔を上げると、男は汽車の真似?をとっくに辞めていた。仁王立ちで、おそ松さんのエロ同人誌を読んでいた。生まれたての野生動物のような、不安定さと力強さが同居した雰囲気を感じた。気のせいだった。

 

「今からでも、料理人に転向したらどうかね」

 

おそ松さんの同人誌から目を離さないまま、男が会話を続けてきた。そんなに私のおにぎらずが気に入ったんだろうか。私が唯一作れる料理だった。

テーブルの上のおにぎらずは、一口も減っていなかった。不意に老人が近づいてきて、私のおにぎらずにタバコを押し付けて去っていった。

 

「いや、何言うてはるんすか(笑)」

 

当たり障りのない後輩のような返事を誤魔化すように、私は壊れたブリキ人形のごとく戯けたポーズをした。男に見せるのではなく、自分を鼓舞するためだった。

れろり。男は指にツバを付けて、同人誌のページをめくった。ページとページの間が糸を引いていた。単純に不愉快だった。

 

「これを見たまえ」

 

不意に男が、見開きのページを差し出してきた。

あぁああ〜〜……っ♡みたいな声を出しながら、カラ松が射精していた。服は脱がされ、カラ松以外の5人に、毛筆でくすぐられているらしかった。地獄だった。ページの隅には男のツバの痕がべっとりと残っていた。むしろ私が悪いような気もしてきた。

 

「今回のミッションだよ、春麗くん」

 

凛々しい顔をしながら、男は同人誌をテーブルの上に置いた。その上に私のおにぎらずと老人のタバコを置いて、バン!!と思いきり挟んだ。

私のおにぎらずは、カラ松の射精シーンで破壊された。タバコの火がまだ生きていたらしく、おにぎらず破壊マシーンこと同人誌に燃え移った。先ほどの老人が、消火器を手に走ってきた。私たちのテーブルを一瞥もせず、そのまま通り過ぎていった。

 

「期限は3週間、報酬は10億だ。じゃあそういうことで」

 

男は私に背を向け、先ほどの汽車の真似?をしながら去っていった。小さな女の子が不思議そうに見ていた。何がおかしいんじゃこのクソガキ!!!!!と怒鳴り散らしていた。

女の子は泣かなかった。偉いが、同時に生意気だとも思った。もう少し可愛ければ、殴ってあげてもよかった。

 

「はあ」

 

これからどうしようか。3週間のうちに何をすれば良いのか、私は全く分かっていなかった。今回のミッションを確認したかったが、既にカラ松は炭になっていた。自分の愚鈍さを呪った。

私は隣のテーブルに行き、他人の赤ワインをガブ飲みし、何をするんだと言う相手を蹴り飛ばし、もう一度ワインをガブ飲みし、あ゛〜〜〜〜(笑)と関根勤がたまにやる笑い方をした。

 

「行くか」

 

まだ3週間あるし、何とかなるだろう。店内もだいぶ騒がしくなってきた。おにぎらずの持ち込みを指摘してきた時から、いけ好かない店だった。

チュートリアルの徳井がたまにやる面白い動きをしながら、私は店をあとにした。途中、あの小さな女の子が不思議そうに見てきた。一生やってろ、と内心で馬鹿にした。