聖母志村

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手紙が届いていた。

 

『そっちがその気なら、あたすにもあたすの考えがあります』

 

私は手紙を閉じた。テーブルの周りを小走りで2周半したあと、「きゃああああああ!!!」と叫び、目を薄くしながら紙の端を指でつまみ、恐る恐るもう一度手紙を開いた。

 

『そっちがその気なら、あたすにもあたすの考えがあります』

 

「きゃああああああぁああ!!!!!!」

 

私は手紙を閉じた。怖すぎる。手紙の主は明らかだった。志村だ。志村けんが私に、何かしらの声明をしてきている。

両手を身体につけピーンと背筋を伸ばし、TVか何かで見た部族の踊りよろしくその場でピョンピョンと跳ねながら、「らめぇ〜〜〜!!」とエロ漫画でしか言わない喘ぎ声を出した。洗面台に行き、水を出し、水を止め、ビートたけしの走り方でテーブルに駆け戻り、今度は勢いよく手紙を開いた。

 

『そっちがその気なら、あたすにもあたすの考えがあります』

 

「きゃらめええええぇええええええ!!!!」

 

テーブルの前で足をガクガクと震わせて、あいみょんマリーゴールドをうろ覚えで歌いながら、自分の顔面をボコボコに殴った。この悪夢が1秒でも早く醒めてほしかった。

 

『そっちがその気なら、あたすにもあたすの考えがあります』

 

殺される。私はそう直感した。

 

私が何かした覚えはなかったが、そんな事は問題じゃなかった。大事なのは、“志村がどう思ったか”だからだ。残された時間は、もう長くない。

 

「ひっ!ひっ!ひっ!ひっ!ひっ!」

 

意味もなく左右を見渡した。すぐそこまでS(志村)が迫って来ている気がした。S、見ているのか。私の焦りを見て、ほくそ笑んでいるのか。

私は頭上で両手で丸を作りながらあぐらをかき、宙に浮いた。シェーを左右交互に超高速で行うと、残像でこのように見える。どうだ、S、いや、志村。お前なんか怖くないぞ。

 

時間にして10分ほど「浮いているように見える高速シェー」を続けたあと、私は真顔で立ち止まった。止めよう。Sの機嫌を損ねたら、どんな惨い目に遭うか分からない。改めてテーブルに目をやると、手紙はどこかに姿を消し、食べかけのトーストが凍っていた。

 

終わりだ。

 

どうやら最後の刻(とき)が近づいてきたらしい。私は全裸になり洗濯機のスイッチを入れ、飛び込み、毛布コース(一番時間がかかるやつ)で念入りに身体を洗われた後、スヤァ…と1時間ほど寝て、スーパーマンみたいに洗濯機から飛び出ようとして、蓋に弾かれてもう一度洗濯機の中に落下した。

 

お母さんにLINEを送ろう。

 

5月12日は母の日。みなさん、お母さんに感謝の言葉、伝えてはりますか?

一緒に洗濯機に入れて粉々になったスマートフォンを起動し、母への最期のLINEを送った。頭上を見ると、今にも鎧を着たS(志村。芸人の志村けんさん)が穴(斧の誤字)を振り上げているところだった。お母さん、今までありがとう…。

 

 

 

 

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